フィルム写真が写す、いまのわたし

今、写した光は「過去」になって、
やがて未来のわたしへの「光の手紙」へと変わる。
どうか未来のわたしがそれを受け取り、
その瞬間を、また愛せますように*

2025/05/14 「メモリ」Yuka.H

頭のメモリを消費しないために
写真を撮るのだ

ほんとうは、
ただ、忘れたくないだけなのだ

I capture a moment in light,
so my mind may wander freely—
untouched by the weight
of holding on.

私の心が自由にさまようことができるように—
抱え続けることの重みに
触れられることなく。

Maybe it’s not memory I chase,
but the feeling
that something precious
won’t slip away.

きっと私は、記憶を追いかけているのではなく、
何かかけがえのないものが
こぼれ落ちていかないという
感覚を求めているのだ。

🌿フィルムとわたし

アルバムを開くと

小さい姉と私が雪だるまをつくって楽しそうに笑っている写真
背中の伸びた、ひいじいちゃんとひいばあちゃんが写っている写真
随分とスリムな両親の写真
お気に入りだったぬいぐるみたちが並んで写ってる写真
近所の焼肉屋さんで毎年撮ってもらってた誕生日の写真

どれも本当にあったこと。
たとえ記憶になかったとしても嘘偽りのない出来事の一瞬が
L判の紙に縮小されて収まっている。

目で見た「現実」をそのまま切り取ることのほうが現代では
うんと難しいのかもしれない。

フィルムはその、一番ちかいところにいる気がしてならなかった。

(最近の生活では何でも自分の都合のいいようにやってしまえる。
顔は小さく、目は大きく、写せてしまうし
いらないものはあとから消してしまう
青色は赤色にできるし人間を犬に変えることもできる)

フィルム写真を見ていると、
なんだか色んな感情や温度、音、香りを思い出す。

今朝の流れるような風と太陽が気持ちよかった
車のボンネットに映る青空の雲が動いていくさまに見入ってしまった
隣のテーブルのおばちゃんが面白い話をしているのが聞こえてくる


パンの焼き上がった香りと珈琲豆のいい香りに何人がここで立ち止まったのだろう
風でゆらゆら揺れる夏の柳の木は気持ちよさそうだ
隣の人が歌っていた心地の良い鼻歌


大きな風で踊るように舞う桜の紙吹雪
あったかい太陽の光に起こされる日曜日
うんと寒い日に食べたコンビニ肉まんの温かさ

🌿のぞいて、息を留めて

ファインダーをのぞくと、知らず知らずのうちに息を留めてしまう
まるで時間が止ってしまったかのように。

現像から帰ってきたフィルムたちは

「その時の自分の心のかたち」

私がいた場所、見ていた場所、心を動かした場所、息を留めた場所

今、写した光は「過去」になって、

やがて未来のわたしへの「光の手紙」へと変わる。

どうか未来のわたしがそれを受け取り、

その瞬間を、また愛せますように*